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お盆

今年は12日から15日の4連。

が、7月の猛暑以来胃腸の調子が悪く、たまに病院で薬を貰ってはいたものの、そのことには目をつぶって飲みに行き、目をつぶって旅行に行き(伊王島経由軍艦島行き)、目をつぶって踊り、目をつぶって仕事に行き、目をつぶって夜更かし三昧(当然お茶と御菓子つき)していたわけですが、流石に無理が祟ったようで、12日、親戚のおばちゃんの見舞いへ行く道中立ち寄った道の駅の食堂で、いくつも注文した後で唐突に食欲がSTOP(姉ちゃんのおごりだったのに面目ない)。

ってことで、流石に反省して引き篭もって静養してます。皆様はいかがお過ごしでしょうか?

親戚のおばちゃんは、母方の祖父の妹(ってことでもう90歳は超えてます)なわけですが、数年前に入院し、痴呆が出てしまい、すっかり弱くなって今年に入ってからは紆余曲折の末、管で栄養を入れるようになりました。

先月留守を守っていたおじちゃん(おばちゃんの旦那さん)が94歳でこの世を去ったのですが、おばちゃんはそれが分かっているかいないかも分からない状況だったりします。11日の夜におじちゃんちに泊まって、翌朝お坊さんを迎えて(まだ49日が終わってないから今年は初盆ではないらしい)その足でおばちゃんの娘(前述の姉ちゃん)とともにお見舞いにいったわけです。

きれいな病院で、看護士さんの感じもよく、おばちゃんの肌艶も良い。姉ちゃんと私が行くと誰か来たのは分かってて、2人の顔を見比べたり、話しかけたり触れたりしてると微笑んだり、悲しそうな顔をしたり、何かしきりに喋ろうとしてたり(こちらには何も分からないのだけれど)…。

動かなくなって久しい体は細く強張って、小さく小さくなってます。陽気でお喋りで、好奇心旺盛で、人一倍器用で働き者で、お洒落だったおばちゃんが、自分で動かすのは首から上と、意外な力で握り返してくれる右手のみ(かつて、どれだけの美味しいものと、編み物を生み出したか分からない手です)。

「何か言いたそうなのにね…。」と言いつつも、一方的に2人で近況報告やらおじちゃんのことやら話す。

呆けているとはいえ、何か考えているだろうし、動かせない体は痛いだろうし、辛い事や、もしかしたら嬉しいこともあるかもしれないのに、それを伝えられない、分かってもらえない気持ちはどんなものだろう。「いやだ」でも「あなたどなたですか?」でもいいから何か喋ってほしいなぁ。と思いながら「またね」と言って病院を後にしました。

管で栄養を入れるという選択をするべきかどうか、おばちゃんの子どもである姉ちゃんとその兄ちゃんはかなり悩みました。今も迷いはあるようです。でも、おばちゃんが確かにそこに生きていて、時折微笑むと、それが何故なのか分からなくても嬉しいようなホッとしたような気持ちになるのも確かだったりします。医療が進んだ今どういう老後を迎えるか、それをどう見守るかは本当に難しい問題だなぁと思います。

お盆にお迎えする人の数か毎年少しずつ増えて行きます。お盆は逝ってしまった沢山の大切な人の思い出を振り返りつつも、今とこれからををどう生きていくべきかちょっとだけ考えてみる良い機会かもしれませんね。

日頃の不摂生を反省しつつ、ちょっと神妙になってみるukyoです。

てことで、胃腸は少々復活してきましたが、今日は梅干とほうじ茶のお茶時間です。


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